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デザイン変更
ブログのデザインを変更いたしました♪

HPとおそろいみたいなのがあったのでこれにしてみました。
いかがでしょう?

やはり、文字は白地に黒がいちばん見やすいですね。

そして、デザインは2カラム(左)または3カラムで
真ん中に記事があるのが個人的には見やすいなぁと思いました。


さてさて、肝心の記事を全然書いてなかったですね。

タイムリーなところでは、そろそろ選挙のお話かしら。
時間ができたら、たまにはまた更新したいと思います。

たま~に、ね。

気ままに書いていきましょかね。


はや2012年も終わりが近づいてきました。
慌しい一年でした。


みなさんはどんな一年でしたか~?
情報の見方について
お久しぶりです、廣田です。
毎日暑いですね。早く秋になってほしい今日この頃。

美術教諭の免許を取ろうと思い至り
単位履修を始める前にしばし時間があるので
「美術」や「美術教育」について、まずは自分の思索を深めるべく
色々と探索中の今夏。

一冊の本がとてもよく
そして「社会問題」につながったので、こちらに投稿します。

本の名前は、上野行一『私の中の自由な美術』光村図書
美術作品鑑賞について書かれた本です。

最初は、日本人は美術が好きなのか、嫌いなのか
特別展には大勢が一気に押し寄せる一方
美術館に行く頻度は世界的に見てとても少ない。
といった話から始まりました。

美術作品を見るとき、私たちはどう見ているのか。
日本の美術鑑賞教育の歴史や、現在の問題点についても
説かれてゆきます。

そして、よく「見る」ことによって何が起こるのか
たくさんの魅力的なエピソードや実験データによって
「見る」ことの面白さが示されていきます。
このあたり、とても感動しました。

そうして最後。
私たちは、自分たちが見た映像に無意識に大きな影響を受けている、という話しから
9.11や阪神淡路大震災などを取り上げます。

阪神淡路大震災の時、社会学者のジャン・ボードリヤールが警告したことは
“私たちがマスメディアを盲信し、自分の力で世界を見ていないことへの無自覚さだった。”

映像を映し出すスクリーンには2つの意味がある
スクリーンは「現実を映す鏡」であり、「現実を隠すマスク」である。
映像には見せる装置と、隠す装置、伝達と隠ぺいの二面性がある。

私たちは現在、他者の目線による映像に慣れきっていて
それが、他者の目線で切り取られたものであると、ほぼ無意識に映像を受け入れる。

“見ること”は本来、そこから自分で意味を読み取っていく行為である。
美術鑑賞によって、枠の内外、または意図や背景そういったものの
読み取る方法や、面白さを身につけることは
現代ではさらに必要なのではないか。

といった提案で締めくくられた本でした。

本を読んでから、よく“見る”とはどういうことか
考えながら周りを見渡してみた。
確かに普段とは違った景色が見えたけれども
とても体力のいる作業であることも分かた。

楽な方に、楽な方、流されてしまう気持ちもよくわかった。
意味的な探索をせずに、受動的に受け入れてしまう方が楽だ。

でも、その一方で意味的探索はそのプロセス自体が楽しいのだ。

先日、ゲリラしゃばり場に参加してくれていた男性が
「周りの人と、物事の本質みたいなものについて話せない。」と話した。
周りの人が、あまり深く物事を考えていないように見えるというのだ。

意味的な探索をすっ飛ばしている怠慢さ、だけではなくて
どうしたら意味的な探索が出来るのか
よく見るやり方が分からない、ということもあるのかもしれない。
意味的な探索の楽しさを知らない、ということもあるのかもしれない。

これに関しては「こうするんだよ」と教えるより、意味的な探索をしている場所、機会に多く身を置くことが有効なように思う。
人と話すこと
人と深く話せる空間を作ること

メディアもネットも普及した現代
昔よりずっと「他者の目線による情報」に触れる機会が増えている。
その一つ一つを、吟味することはどこまでも骨の折れる作業である。
しかし、無自覚的に受け入れると、どんどん自分で考えなくなる。
“よく見ること”
一人だけでなく、多くの人と、その見方を共有していかないといけないかもしれない。

と、美術教育からここまで飛ばしてみました。
思考探索は楽し♪
国語とことばの話
こんにちは、廣田です。

先日、演出家の平田オリザさんのお話を聞く機会を得た。
教育の現場に演劇によるコミュニケーションの授業を入れようとしてらっしゃる方だ。

日本の国語教育は、道徳教育の意味を含んでいる。
物語から何か道徳的なものを伝えたいのだ。
しかし、コミュニケーションに必要な“言葉”の教育はない。
・・・らしい。

らしい、と書いたのは“言葉”の授業とはどんなものなのかイメージができないからだ。

日本独特の文化である、以心伝心。
相手のことを言わずとも感じる能力のこと。
同じ文化を持ち、同じ文脈でやりとりができることが前提となる。

確かに、グローバル化のこの時代
また国内でも、世代間の文化差が広がる現代では
同じでない文脈の人とやりとりをしないといけない場面が多く
以心伝心がもはや使えなくなるのは理解できる。

今まで、空気を読むことが重要で、それを自然に身に付ける必要があった。
これからは、文脈の違いを明確にし、相手の立場を理解し、自分の立場を表明し、
お互いの文脈をすり合せる必要がある。
それは“練習”をしないと身につかない。

このようなコミュニケーションの技術を教えられる人はいるのだろうか。
社会人サークルAile-vertとは
同志社大学のサークル「教育と社会問題を考える会Aile-vert」の元メンバーを中心に立ち上げた社会人サークルです。

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